銀の風

二章・惑える五英雄
―29話・新興国家・キアタル公国―



クークーは、町から少し離れた場所に着地した。
あまり町に近いと、見つかってあちらをパニックさせるしクークー自身も危険だからだ。
「じゃ、あんたはここで待ってて。危なくなったらすぐに逃げるんだよ。」
「クーゥ。」
こくりとクークーはうなずき、羽をたたんだ。
どこかに逃げてしまう危険は無いので、別に見張りを置いていく必要は無いだろう。
それに、クークーに危害を及ぼせるほど強い魔物も居ない。
「よし、それじゃ行くぞ。」
見えた町は、小さいながらも建設途中の建物が多く、発達途上という風情をかもしていた。


―タルヴェアの町―
レンガや石の舗装もろくにされていない道。
国境にあった町同様、活気に満ちていることに変わりはないが、
遠くにはキアタル公爵のものと思われる城が見える。
中にはやや肌が浅黒い人もいて、
どうやら元々この土地に住んでいる人のようだった。
移民らしき人と原住民らしき人や、移民同士などで言い争う声が多い。
相手につかみかかって、たぶん伯爵の私兵と思われる兵に取り押さえられる者らもいた。
どうやら、治安の方は国境の町より悪いらしい。
「なんか、怖いあんさんたちで一杯やな〜。
フィアスちゃんとかペリドちゃんは特に気をつけたほうがええよ。」
「そうします……私は世間知らずらしいですし。」
はぁっとペリドがため息をつく。
「そうなのか?」
リトラは意外そうに聞き返した。
彼女は言動から察するに、しっかりしている気がするのだが。
「うん。この子ったら、あんまりいい環境で育っちゃったもんだからす〜ぐに人を信用しちゃってねー。
も〜、アタシ目が離せないんだから。
こーいう子が変な野獣に持ってかれたら困るでしょ?」
ナハルティンに肩を抱えられて、ペリドは恥ずかしそうにうつむいた。
たぶん、一度や二度じゃないのだろう。
妙な輩に連れて行かれそうになって、ナハルティンがそれを一蹴の繰り返しかもしれない。
「おいおい……ちょっとは疑えよ。」
それを察したのか、さすがに呆れてルージュが言った。
世の中には良いも悪いもうようよしているが、
遭遇するのは悪いの方が多いと決まっているのだ。
出会った相手はまず疑えがモットーのルージュには、理解しがたい思考だ。
「他者を信用できないよりは、信用できる方が私としては好ましいと思いますが。」
『黙れ天界の犬。』
ナハルティンとルージュの声が見事にダブった。
年が年だけに高音と低音とまでは言えないが、
音域に微妙に差がある声が重なってよりどす黒い響きをかもしている。
含むところがかなりあるらしい。
「え〜ん、二人がこわいよ〜!」
おびえたフィアスを、珍しくリトラがリュフタと一緒に肩をぽんぽん叩いた。
リュフタはなだめるために、リトラは同意といったところか。
(暗黒腹黒コンビ……。)
心を読まれないよう努めてポーカーフェイスを保ちながら、
リトラは心の中でこっそり新しいあだ名を命名した。
「なぁリュフタ、ここに気配あるか?」
「ん〜……この町には無い見たいやなぁ。かなり近いんやけど。」
近いのにここではないと聞いて、リトラは悔しさから思わず足元の石をぶん投げた。
危なくない方向に投げたつもりだったのだが、
なぜか道行く人々がぎょっとしてこちらを見る。
「あのさー、あんたの石さぁ……あそこの強盗にあたったっぽいけど。
うっわ……あの強盗流血してるし。」
「かわいそーだよ〜。」
石がとがっていたのか、かすって少し血が出ただけのようだが、
みっともなく大騒ぎしている。
その間に店主に押さえ込まれているので、まあご愁傷様といったところか。
「え、おれは下に投げたつもりだったんだけどよ〜……。
すっぽ抜けたかー?」
「え、じゃないやろ〜!
他の人に当たるから、投げるんはやめときなって前からいうておったのに……。
最近やんないからって、油断してたうちもわるかったけどなぁ〜。」
「あのー……そういう問題ですか?」
もっともなつっこみをペリドが入れたが、何故か黙殺された。
「いいじゃん。おかげで強盗捕まってるし。」
確かに、結果だけを見ればお手柄かもしれない。
陰ながらではあるが。
「いいのか悪いのか、わからなくなってきました。……何故でしょう。」
「悩んだらあかん、悩んだらあかんのや!」
リュフタはいささかやけになりながらも、
その言葉を言った事をきっかけにどうにか落ち着きを取り戻した。
言いたい事を言ってすっきりさせたらしい。
「どーでもいいって。ところであそこに売ってるもの、あんたら見た事なーい?」
一箇所だけ不自然に出来た人ごみの隙間から、何かの生き物の姿が見える。
売られているのは、白い毛皮にピンクの大きな鼻と尻尾。それと頭の上にある黄色い玉。
途方にくれた様子で折の中に座っているその動物は、
恐らくパーティのほとんどのメンバーが初めて見る生き物だ。
「ちょっとあれ、モーグリじゃない?!」
見間違いようもなくモーグリだ。
とっくの昔にほとんどの大陸では絶滅し、
気がつけば数年前この半島に僅かに生息していたのみ。
しかも、半年以上前を最後に姿を消したはずだ。
あ、ほんとだ〜よく絵本に出てくる子とそっくり!」
フィアスも目を真ん丸くして驚いた。
「おいリュフタ、アレってまじもん?ぬいぐるみとかじゃねーよな。」
「フツー、ぬいぐるみはオリにいれへんと思うんやけど。」
確かに疑う気持ちもリュフタにはわかるのだが、
恐らく言っている本人の目から見てもあれは「生きた」モーグリだ。
「とりあえず、皆さんがそれほど気になるのでしたら見に行ってみましょう。」
ほぼ全員が、その提案に首を縦に振った。

ジャスティスの提案に乗り、人ごみの隙間を縫ってモーグリのオリまでたどり着いた。
軽いから突き飛ばされる危険はあるが、体が小さいと狭い隙間もすり抜けられるから得だ。
「ふう……どうにかぬけましたね。」
「さぁごらん!ここに居るのは、そこらの眉唾もんなんかじゃない正真正銘のモーグリさ!」
ガヤガヤと騒がしい野次馬を前に、いかにも野菜売りっぽいおばさんだった。
しっかり者の肝っ玉母さん系といったらぴったり来るかもしれない。
その隣でモーグリの様子を見ているのは、ちょっとひげの形が怪しいおじさんだが。
「ねぇおば……。」
「ちょっとそこの素敵な売り子さ〜ん、そこにいるの、ほんとにモーグリ?」
フィアスがおばさんに話しかけようとしたとたん、
それをさえぎるような大声でナハルティンが呼びかける。
「ああもちろんさ。嘘だと思うんなら、四方八方から眺めてごらん。
こいつはね、キアタル育ちでモーグリ通のあたしがこの目で見てこの手で捕まえたんだからね。」
地元民なら、確かに見間違えたりする事は無いだろう。
疑うわけではないが、モーグリの姿を隅々まで眺めてからそう思った。
「えー、眺めるだけじゃあちょっとなぁ〜……。
自信があるんだったら、さわり心地だって本物かどうか確かめたって平気でしょ?」
「おい、そんなの買うな……ムガガ!!」
言いかけたリトラの口を、すかさずナハルティンが塞ぐ。電光石火の早業である。
何がいいのか知らないが買う気らしい。
「う〜ん。悪いけどねお嬢ちゃん、売り物だからそれは出来ないんだよ。
買ってくれるんなら別だけど、お嬢ちゃんじゃムリだね。
こいつは10000ギルからでしか売らないよ。」
あくまで大人の余裕を保ったまま、おばさんは残念そうに言った。
まぁ普通子供でなくても、一般人はそんな大金を持ち合わせていないから当たり前の反応だ。
「10000ギル?いっくらこの大陸でモーグリが貴重でもね〜……。
こんな毛づやも元気も良くないモーグリじゃ、いいとこ3500ギルでしょ。
それでもまだ高いかなー?」
オリの中で元気がなさそうにうなだれるモーグリを品定めするように眺めながら、
おちょくるような調子でナハルティンが言った。
「ちょ、ちょっとちょっとそれじゃおばちゃん首くくる羽目になっちゃうよ。
10000ギルから下にはちょっと……。」
セリフは切羽詰っていそうだが、まだ表情が笑っている。
ナハルティンが魔族と知らないからだろうか、それとも交渉が本気だと思っていないのか。
恐らく後者やなと、リュフタが心の中でつぶやく。
「えーだってこれ、元はただでしょ?ねぇルージュ。」
何を考えているのか、ナハルティンは後ろに居るルージュに話を振った。
「そうだな。『捕まえた』んだろ?念のため聞きたいんだが、いつ捕まえた?」
いきなり話を振られても動じた様子一つ見せず、ルージュも交渉に加わる気になったようだ。
2人して、モーグリの何が気に入ったのだろう。
計算高そうなこの2人が考えなしに動くとは思えない。
「ん〜……2ヶ月だよ。」
交渉中の2人とリトラは、すぐにそれが嘘だと見破った。
えさ代と手間賃を水増しする算段に違いない。
ついでに交渉中の2人は、モーグリの特性や環境の変化に弱いことを知っている。
「相手が子供だからって、嘘言ってもらっちゃ困るな。
モーグリってやつはひ弱でな、仲間から離されてオリに入れられたら、
2ヶ月たたないうちに死ぬ連中だ。仮に生きてたって、こんなにふっくらしてるわけ無い。
あんたが地元の人間で『モーグリ通』だったら、
こいつらが飼育に適しない事くらい知っててもおかしくないよな?」
どこから出したのか怪獣図鑑のモーグリのページをちらつかせ、
容赦なく相手の矛盾を突く。駆け引きに手加減は無用だ。
この二人に目を付けられたのが運のつきだと思ってあきらめてもらうしかない。
種族的に詐欺師なのだから。
「ま、まあそこはあたしだけが知ってる秘密の飼育法でどうにかしたのさ。」
おばさんが苦しげな笑いを浮かべる。
しれっとした態度を取れない辺り、根は前任なようだ。
「何それー?ま、どのみちオリとえさ代だけで原価は1000ギルってトコだよね。」
「手間代を込みでも、おおまけにまけて2000ギル弱だな。」
ズバズバと2人して本当に情け容赦ない。
原価にまでさかのぼり、それに上乗せされるべき利益の相場を算出するのだろう。
頭の中で、めまぐるしく計算式が踊っているに違いない。
「それも、ほとんどオリ代か。『最低価格』が10000ギルだとしても、ずいぶんなぼろ儲けだな。
俺が昔あるところで見たモーグリが確か……6000ギルだったか。
竜とかと違って寿命が短いし弱いから、いくら珍しくてもそれぐらいが相場だとか言ってたぞ。
おまけにそこは飼い方がうまくて、もっと艶も元気も良かった。」
作り話なのか本当の話なのかわかったものではない話に、思わずジャスティスは眉をひそめた。
もっとも彼は、おばさんの言い値が適正価格だと信じているからだが。
ちなみに寿命が短いのは本当で、相場で10数年から長くても25年前後だ。
ついでに環境の変化にも弱い。
だから相当飼いづらいし、世話の仕方や性格の条件が悪いとすぐに死んでしまう。
「へ〜、そっちの方が安くて質がいいじゃん。ここで飼うのやめて、そっちにいかない?
安いところがあるなら、こーんなぼったくり露店で買う必要ないよね〜。
あ、それともいっそアタシ自分で捕まえちゃおっかな〜?」
(ナハルティンさんなら、本当に出来そうですね。)
苦笑まじりに、ペリドがこっそりアルテマに耳打ちした。
アルテマも何となくそう感じているのか、黙って何度もうなずく。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。9000ギルくらいでどうだい?」
「それでもまだお金を出す気にはなれないなー。4000ギル。」
「大体そんなに高値で買って欲しいんなら、なんで最初にここの領主に売り込まなかったんだ?
外から来た貴族なら、珍しいものと思った段階でいくらでも高く買い取ってくれるだろうよ。」
おばさんが一瞬反論の言葉に詰まる。
たぶん、門番に信じてもらえなかったか、領主がモーグリに興味が無かったかのどちらかであろう。
でなければ、とっくの昔にそっちに売り払っているはずだ。
勿論ルージュはわかっていてそう言った。確信犯である。
「そ、それはまぁ……いいじゃないか別に。」
(あ、おばさん弱気やな。)
人ごみに潰されてはかなわないので、リュフタはリトラのウエストポーチの中から外を覗いている。
ちょっと久しぶりな理不尽バッグの機能につっこみを入れたくなる衝動を抑えながら、
アルテマは駆け引きの行方に注視した。
「相場の6000ギルなら買おっかなー?」
わざとらしいイントネーションの付け方と視線の泳がせ方。
見ているだけで、焦らしているとはっきり分かる。
「うぅっ……せ、せめて8800ギルは?!」
『んー……っ6700。』
おばさんが段々冷静さを失ってきた。しめたと、二人は胸中で笑う。
「じゃ、じゃあ8500ギルは?!」
「……。」
今度もまた視線を泳がせ、まだダメだと暗にちらつかせる。
「ああもう、買うのか買わないのかはっきりしておくれ!
冷やかしだったらさっさとかえってくれよ!!」
とうとう切れたおばさんを尻目に、ナハルティンとルージュがひそひそ何か話し始めた。
『7000ギル。』
それでなきゃ買ってやらんというまなざしに、
おばさんは何とか頭の隅に残る冷静さをたぐり寄せて少し考え始める。
自分は元をただせばただの野菜売りだ。
10000ギルはおろか、7000ギルだって一ヶ月頑張ってもたまらない。
これだけあればしばらくは楽に暮らせるし、
ぼろくなってきた家を改造して店部分を作れば、露天の商売もおさらばできる。
これ見よがしに、目の前の不敵な子供2人は重たそうな財布をちらつかせている。
この間から集まるギャラリーは近所の移民や旅人で、はなっから買う気がない。
多分これを逃せば、売り飛ばすチャンスが無い。
人を食ったような態度の2人はなんだか癪に障るし気味も悪いが、四の五の言ってられないのだ。
「いいよ。それで交渉成立と行こうじゃないか。」
「え、ほんとにー?おばさんありがと〜♪」
「それならこれが代金ってことで、モーグリをもらっていってもいいよな。」
突然やけに素直になったおばさんに不信感を抱くが、
それ以上に買っちゃったよこの2人という衝撃の方が残りのメンバーには大きかった。
全く、腹黒暗黒コンビの考える事はわからない。
リトラの顔は、出て行った金額のせいですでに青い。
使われたのが人の金とはいえ、彼には動物に大金を出すという思考が無いせいだ。
「1,2,3……6,7。1000ギル銀貨がぴったり7枚だね。
はい、まいどあり。ちょっと待ってておくれ。」
おばさんはモーグリのえさの準備をしていたおじさんに声をかけ、オリの鍵を開けさせた。
鍵を開けてモーグリを出すと、今度は持ち運びの利く籠に入れる。
「ほれ、えさも付けとくぞ。この実を日に2,3回、一度に3つか4つやるといい。
それと病気にならないように、寝床の掃除はまめにな。あぁ、それと水も切らすんじゃないぞ。」
ついでに麻袋に入った実を一つ取り出しながら、
おじさんは親切な事にリトラたちに世話の説明をしてくれた。
「あんた……気前が良すぎやしないかい?」
おばさんが呆れておじさんを小突く。
どうやら夫婦だったらしい。
「かまうもんか。どうせこの実は人間にゃうまくないんだ。
モーグリ買ってくお客にサービスしといた方が得ってもんだろうよ。
それに飼い方の説明くらいしとかないと、すぐに死なせちまってがっかりだろ?
字が書ければ、俺は説明書だってつけてたさ。」
おじさんは怪しいひげだったが、意外にもサービス精神満点だった。
きっとこの夫婦は、普段の商売だと評判がいいのだろう。
「まぁ、飼い方はね……。あ、それじゃあんた達気をつけてね。」
「まいどありー。」
帰りも野次馬を掻き分けて抜けた後、日が傾く前に普段の買い物を済ませたパーティは、
一旦クークーのところに戻る事にした。


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市場の値切りパート2。口達者で上位種のルージュとナハルティンのダブルいじめで。
ある意味心理描写や戦闘シーンより難しいですが(本気かよ)、
値切りシーンは大好きです。おかげで2ヶ月近くもかかりましたけどね!(馬鹿
次はモーグリ君(ちゃん?)が喋ります。
召帝にまた一歩近づけるのかは謎。

2006/1/14……一部修正(リトラが投げたものを石に変更)